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チリツモ【中世ヨーロッパ情報館】

"chiritsumo” 管理人チリが、中世ヨーロッパにまつわる情報を紹介していきます。

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ウンベルト・エーコ「バウドリーノ」岩波書店(2010)





ウンベルト・エーコという名前はどこかで聞いたことのある人も多いと思います。エーコは北イタリア出身の記号論学者であり、日本では中世の修道院を舞台にした話題作「薔薇の名前」の著者として特に有名です。今回は、エーコの最新作「バウドリーノ」についてご紹介したいと思います。さて、この本は年老いたバウドリーノが、第四回十字軍により陥落したコンスタンティノープルの高官ニケタスに、自分の生涯を語るという形で進められていきます。バウドリーノは北イタリア出身の農民の子でしたが、自らの才能を使って神聖ローマ皇帝フリードリヒ、通称バルバロッサ(赤髭)の養子となります。そこから、彼の奇想天外な大冒険が始まるのです。
 
半世紀に及ぶバウドリーノとその仲間たちの活躍を、実際の歴史的事実と織り交ぜながら、かつその時代の習慣を踏襲しつつ描いている本書は、読んでいて飽きることがありません。例えば、上巻の中心の舞台となる北イタリア諸都市の軍事同盟であるロンバルディア都市同盟と皇帝バルバロッサとの対立は、度重なる包囲攻撃や平野での開戦などによって直接主人公たちに影響を与えます。また、ビザンティン帝国の住民が、西欧人からはギリシア人と呼ばれるのに対し、自らはローマ人であると述べているなど、当時の人々の認識の違いが鮮明になっています。
 
さらに、バウドリーノを面白い作品に仕上げているのは、下巻を中心に展開する未知の東方世界への旅です。ここでは、前半のリアルさとは対照的に、幻想的で神秘に満ちた東方世界の様子が描かれています。しかし、この空間は単なる著者の空想の産物ではありません。中世に流布した偽造された「司祭ヨハネの手紙」の世界をモデルとしているのです。司祭ヨハネとは、中東のイスラム教国のさらに東にあるとされた伝説的なキリスト教国司祭ヨハネの王国の支配者とされていました。この国の住人はいずれも普通の人間とは異なった特徴を持つ「怪物」ばかりですが、それぞれが生き生きと描かれています。つまり、中世の人々の考えていた理想の、あるいは理念上の東方世界に、エーコは命を吹き込んだのです。
 
神聖ローマ皇帝のイタリア政策と、ロンバルディア都市同盟、マルコ・ポーロも探したプレスター・ジョンの王国など、世界史の教科書にも載っているような有名な歴史や事件、伝説を、ここまで膨らませて書いてあるのは驚きです。フィクションではありますが、皇帝とイタリア関係について知りたいと思っている人への楽しい入門書にもなるのではないかと思います。
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