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チリツモ【中世ヨーロッパ情報館】

"chiritsumo” 管理人チリが、中世ヨーロッパにまつわる情報を紹介していきます。

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小説フランス革命〈5〉議会の迷走



シリーズ第四巻では、1790年5月、開明派貴族や国民議会の重鎮が結成した1789年クラブの結成から、7月14日のバスティーユ陥落一周年を挟む、4ヶ月間の議会運営を描いています。

この期間中の大きなできごとは、2つ。バスティーユ陥落、すなわち革命から一周年を記念する連盟際の開催と、聖職者を公務員化する聖職者民事基本(聖職者市民法)の成立です。

連盟際は、パリ市長となったバイイの提案で国民議会が開催を決定した一大セレモニーでした。パリの練兵場シャン・ド・マルスに、フランス全土から馳せ参じた国民衛兵1万4000人を中心に、議員や市民ら10万人が列席したといわれています。国民衛兵とは、革命後の騒乱を納めるためにブルジョワが各地で結成した民兵を、連盟兵として、全国組織にしたものでした。舞台装置は市民のボランティアにより用意され、バスティーユ陥落時と同様の、人民の一体感が演出されました。

練兵場の中央には、大理石に見えるように骨組みと紙でつくられた「祖国の祭壇」が鎮座します。ここで、国民衛兵総司令官となったラ・ファイエットが、立憲王政、自由、平等、友愛を高らかに宣誓したのが連盟際のハイライト。続けて、国王ルイ16世が憲法の順守を宣言したことで、フランス革命は達成されたかに見えました。しかし、ここで革命を終わらせようとする保守派と、さらなる平等を目指して革命を続けようとする革新派の争いは、今後も続いていくことになります。

2つめの重大事、聖職者民事基本法の成立により、司教の数は県の数と同じ83になり、聖職者は公務員化しました。これで、聖職者の特権は廃止されたかに見えましたが、実際にこの法律を適用するに当たっては、聖職者たちの大きな反発を抑え込まねばなりませんでした。
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