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チリツモ【中世ヨーロッパ情報館】

"chiritsumo” 管理人チリが、中世ヨーロッパにまつわる情報を紹介していきます。

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隘路、坂道、バービカン-城までの道

城の防衛-守備兵数と装備品目録」で紹介したように、中世の城を守っていたのは、本当にわずかな数の兵士たちでした。守備兵の少なさを補い、防衛の利点を最大級に引き出すために、城は数々の防衛施設を持っています。主塔や強固な門、堀などがその代表ですが、そこに至る前の城に通じる道さえも立派な防衛機能を果たしていました。

例えば、城に通じる小道は大変狭く馬が一騎ようやく通れる幅しかないものがあり、攻め手が一気に総軍を城に到達させることを不可能にしていました。このような小道は、その狭さゆえに少ない手勢で多くの兵士と渡りあうことを可能にした、至極単純な防衛施設でした。このような小道を三周もしないと、城門にたどり着けない城さえありました。

そして可能であれば、城に至る道は時計周りになるように設計されました。こうすることで、攻め手は盾を構えていない右側面を城の射手に曝すことになるのです。このように城までの道の狭さを利用するところもあれば、逆に山城などでは周囲の樹木を全て伐採し、敵に隠れる場所を与えないようにしたものもありました。山城であれば、自然と城への道は勾配を持ち、攻め手は必死になって坂道を上りきって、やっと城に到達することができたのです。

また、要塞化された道として防衛区「バービカン:英」が設けられることもありました。これは、壁や塔で周囲を強化した通路で、この道を通らなければ門に到達できないように設計されました。

▼バービカン(通路と中庭以外の場所は堀になっています)

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